第1章:ただ生きるだけが難しいと感じていた
「働きたくない」
5年前の私はこの気持ちに囚われていた。
なぜ働きたくないと思ったのか。 答えは残酷なほどシンプルだった。「稼げば稼ぐほど、自分の人生が自分のものではなくなる」と感じていたからだ。お金がないのならたくさん働いて稼げばいい。一方お金を使う時間は減っていく。この矛盾に疲れ、いっそ働かなければ、お金のかからないもので人生を豊かにすれば、もっと自由に生きられるのではないかと考えたのだ。
当時の私は普通の会社員で何不自由のない暮らしをしていた。しかし現実は毎日満員電車で疲弊し、やりたくもない仕事をただ漫然とこなす日々。その日々の中で楽なほうに流れてすべてを諦めてしまった。いろいろやりたいことは思いつくが、それを実現していく「胆力」が欠如し、諦めることに慣れていってしまった。
そんな折、いくつかのタイミングが重なり、私は結婚した。 漠然と将来の不安も抱えるようになったのをきっかけに、どうやったら「働かずに生きていけるのか」模索をした。極端な私は、田舎に移住し自給自足をしながら、遊ぶお金はフリーランスの仕事で稼いでいこうと考えた。仕事は委託の仕事から始めることにした。会社員時代よりも給料はよく、自由な時間も多い仕事で、一見すると理想に近づいていた。
しかしそこでも自由は手に入らなかった。家族との生活リズムが合わず、自分の思うような自由な時間や自由なお金はあまり多くはなかった。次第に疲れやる気がなくなり、SNSや動画に逃げるようになっていった。
そんな日々が続きふと思った。「なぜ生きているのか」
やりたくもない仕事、趣味もなくお金のかからない余暇、子供を作る気もない
そんな時、ある1冊の本に出会う。福岡正信の「わら一本の革命」だ。自給自足のために農業の本を漁っていてたまたま手に取った本。私にはこの本の言っていることが、資本主義や貨幣経済へのアンチテーゼのように思えた。
「人間以外の動物は食って寝るだけでいい。なのになぜ人間だけそれではいけないのか」
そんなことを思うようになり、働かずに動物的に生きていこうと思ったのが、今の生活、考える猿としての出発点だった。
第2章:離婚、疲弊、空虚。その先の決断
理想を追い求めて来たはずの田舎で、行動を起こせずただ漫然と日々を送っていた。
もともと私は結婚という「仕組み」に批判的だった。紙一枚を役所に提出したからといって、何か変わるわけでもない。むしろ、しがらみが増え、不要なストレスを抱えるだけのように感じていた。子供がいれば話は別だ。子供のため、親としての責務、そう思っていた自分が、「子供のいない結婚」を選択しなければならない状況になってしまったことを、今は酷く後悔している。
日々の些細なことでストレスをぶつけ合い、何度も同じ理由で喧嘩を繰り返した。世間では「価値観の違い」というが、そんなものは当然あるものとわかっている。問題は、その違いを受け入れ自分の価値観を変えながら、相手に合わせて一緒にいようとする気持ちだ。以前の私にはそれが欠如していた。
次第に二人で過ごす時間も減り、お互いを思いやることさえできなくなっていった。それぞれが自分の好きなことを見つけ、一人で時間を埋める日々。二人で目指すものもなく、お互いが別々の方向を向いて生活している、そんな毎日だった。
「一緒にいる意味が、もう感じられない」
そう言われたとき、結婚に意味はないと思っていた私でも、正直しんどかった。逃げるように住み込みの仕事に就き、結論を先延ばしにした。しかし、逃げた先でのたくさんの出会いや、やりたかったことへの挑戦が、自分の心を修復していってくれた。「ああ、自分にはまだ、身を固めるのは早すぎたのだ」と。
そう思えたとき、私はようやく離婚を決意し、失う恐怖をひとつ克服することができた。
第3章:生活のために働かなくなったら楽になった
離婚という現実から逃げるように、私は住み込みの仕事を選び、物理的な距離を置くことにした。
収入を上げるには血の滲むような努力が必要だ。努力を努力と思わないレベルに達するまで続けなければならない。そんなことはすぐには不可能だし、面倒くさがりな私はそんな「無理」をやりたくもなかった。そこで私は支出を極限まで削ればいいと考えた。もともと家計管理が得意な私にとって、支出を抑えることは「稼ぐこと」よりもずっと楽で、再現性の高いノウハウだった。
私は、生活コストの「究極」を追い求めたくなった。本当は夫婦で自給自足を実現したかった夢。だがそれは理想が高すぎた。何より行動が伴わなかった。しかし「一人」なら、リスクも一人分、気負うことなく挑戦できた。
もちろん、最初からすべてが上手くいったわけではない。職場の選び方を間違えてストレスが溜まったり、希望の職種に就けなかったり、思いの外持ち出しが多かったりと、不満が募ったこともある。一人の部屋で言いようのない寂しさを抱える夜もあった。
しかしそんな生活にも慣れ、仕事のリズムや暇な時間の埋め方を工夫していくうちに、状況はよくなっていった。
余裕ができると、自分からコミュニケーションが取れるようになり、地域の居酒屋やカフェ、祭り。気が付けば交流の輪が広がっていった。皮肉なものだ。社会で生きる煩わしさから逃げて、独りになろうと田舎へ来たはずなのに、会社や地域でのコミュニケーションが楽しくなってきたのだ。
結婚を機にあえて減らしていた友人が、今になって増えていった。 休みの日に一緒に遊びに行く人も増えた。かつては「パートナーがいないと寂しい」と思っていた。だが、実際に独りになってみると気が付く。常に誰かと一緒にいる煩わしさのほうが、私にとってはよっぽど「しんどい」ことだったのだと。
気がつけば、寂しさを感じる暇もないほど、友人も増え遊ぶ時間も増えた。 蓄財のために選んだはずのこの働き方だが、思い返すと去年1年間で4回も海外旅行に出かけており、「生活のため」ではなく「遊ぶため」に働くようになっていた。
今は、海外旅行、仕事、そしてこのブログの執筆が、時間を忘れさせてくれる。 未来へのあの言い表しようのない一抹の不安は、いつの間にかどこかへ消え去っていた。
第4章:捨てたはずがたくさん得ていた
仕事、家族、家、交友関係、いろいろなものを捨てて孤独になった。すぐさみしくなって元の生活に戻るような気もしていたが、結果は違った。
かつての私は、不要な人間関係に悩み、将来のお金の不安に怯え、日々のやりくりに時間を奪われ、無気力に沈んでいた。だが、生活コストを極限まで減らし、「考えるべきこと」を物理的に減らした結果、自分のやりたいことが、驚くほど鮮明に見えるようになった。
朝はゆっくりとコーヒーを淹れて読書をしたり日記を書いたり、昼休みはブログの構想を練る。夜は温泉で一日の疲れを流し、早めにベッドに入りたっぷり寝る。
あんなに面倒くさかった日記が、今は無地のページをぎっしり埋め尽くすほど書くことに溢れている。退屈な時間が消えたことで、SNSや動画に逃げる時間は激減し、体調もすこぶるいい。
「捨てたはずのものが、もっといい形で戻ってきた」
そんな不思議な感覚が続いている。 不要だと思っていた交友関係は、むしろ新しく増え、かつての縁まで復活した。 気づいたのは、自分が思うほど、周りは私の不義理や身勝手を気にしていないということだ。自分だけが罪悪感に囚われ、勝手に苦しくなっていたのだ。他人に期待せず、自分を許せるようになり、私が他人に親切にしたいと思うように、私の友人もそう思っているのかもしれない。それこそ、私が結婚で失敗した「価値観の受け入れ」なのかもしれない。
経済面でも、かつての不安は形を変えた。今は不安というより心配だ。 今年もすでに一度、昨年は4回の海外旅行。それでも、生活防衛資金としてプールしたお金には指一本触れていない。僻地での生活という制限はあるものの、おそらく毎日遊んでも貯金が底を突くことはないだろう。
昔は、漠然と「お金がない不安」が、一生の不安にまで増殖していた。 しかし今では、「お金を使い切れない心配」をしている。 だから私は決めている。3ヶ月働いたら、必ず一度は海外へ行くと。本当に欲しい買い物は、値段を見ずに決断すると。
執着を捨てたとき、私は初めて「自分のための人生」を手に入れたのだ。
第5章:自給自足を目指す旅の途中
いろいろなことを経て今は少し落ち着いている。かつてのすぐにでも山にこもって自給自足しなければというような焦りはない。今の自分を表現するなら、「中程度の安定」といったところだろうか。
時給の良い仕事も見つかり、やりたいことで24時間を埋めることもできている。 しかし、この安定が永遠に続くとは思っていない。飽きっぽい自分の性格も、急速に変化する社会の情勢も、そして自分自身の肉体の衰えも、リスクとしてそこにある。
いろいろ考えることはある。日本各地を巡りながら、「ここだ」と思える場所を見つけるまで、この生活を楽しんでいたい。40歳になる頃に、本当の意味での自給自足に着手できるよう、実際に土地を見て周り、小屋の建て方を学び、作物の育て方を学び、本当の自由に向けて照準を合わせている。
うまくいかない日々のストレスのはけ口として始めたこのブログ。この記事を書くにあたって、思考を整理し自分の状況を俯瞰することができた。
今後も、理想と現実の狭間で揺れ動く葛藤を、この場所にぶつけていこうと思う。
結び:無いものを数えない、他人の持っているものを羨まない、捨てるとわかる自分自身の価値基準
かつての私はお金の不安に端を発した将来の不安にかられ、他人の持っているものばかりを数え、自分の持っていないものに絶望していた。
しかし執着を捨て、身軽になると本当に欲しているものが見えてきた。
働きたくない、生きたくない
ではなく、自由気ままに動物のように生きたかったのだ。
無理に社会のルールに合わせなくてもいい。 みんなが走るレースから降りても、人生は終わらない。むしろ、そこから本当の自分の時間が始まった。
もしあなたが、今この瞬間、他人との比較に疲れ息苦しさを感じているなら。 まずは、自分が握りしめているその「重荷」を、一つだけ手放してみてほしい。 無いものを数えず、目の前の本当に大切にしたものに目を向けて欲しい。猿は目の前の食べ物のことばかり考えている。彼らにとってはそれが一番大事なことだからだ。そんな「猿」のような生き方が、あなたの明日を少しだけ軽くするかもしれない。
人生に悩むあなたの、小さなガス抜きになれば最高だ。


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